《Sans la liberté de blâmer, il n'est point d'éloge flatteur.》JA感想

 偶然このモットーを見かけたから、適当に何を書いておくと思った。

Sans la liberté de blâmer, il n'est point d'éloge flatteur.

『フィガロの結婚』


自分はフランス語読めないのだが、原文なら検索や翻訳する時に最適と思う。

と言っても、ランダムにクリックした検索結果も一応置いておく。

(リンク先は訳文を見たサイトで)


譴責処分なんてものがなければ、お追従、おべっかもなくなるさ


批判の自由なしに真の称賛は存在しない


誹謗の自由なければ、追従の賛辞なし


見れば分かると思う、三つ目の翻訳は色々おかしい。

先ず、誹謗はどう考えても当てはまらない。

皮肉を言うためにわざとか、自分なりの解釈か、それともただフランス語、或いは日本語がダメなのかは分からない。

一つ目は、そうね、間違いとは言えないが、処分があるからやらないより、報酬があるからやるという感じで、つまり、例え批判の自由があったとしても、結局利益のためにお追従を言うのだろう。

ちなみに中国語の翻訳では、「批判の自由がなければ、称賛の意味もなくなる」みたいな感じ。

あと自分なら、後半を「賛美も嘘っぽく聞こえる」と訳するのだろう。


どうしてこう訳したと言えば。

このモットー自体は間違いないと思うのだが、現実では適用されない場合が主。

特に自分が生活している場所の現状では批判がほぼなく、追従だらけ。

「それなのに」、というより、「だからこそ」かも、強国になっていた。

言わば「嘘も百回言えば真実となる」。

その内追従も賛美になる、つまり、最後は批判の自由がないものの、追従もなくなる。

元々万人受けのことは存在しないから、本当にあったら、絶対に裏があると思ってしまう。


と、危なっかしいから話題を変えよう。

悪口や誹謗なら確かに意味のない言葉だ、でも批判を悪口や誹謗と思ってしまうこともなくはない。

人はいくら頑張ってたとしても、主観的な思考から逃げられない。

言い換えると、完全的に客観的なものは多分もう人間と呼べない。

そもそも同じことでも視点を変えると結論も変える、所謂明確的な正解がないのグレーゾーン。

ドエムみたいなはともかくとして、人はだいたい褒められるのが好き、味方がいるという安心感、何かの報酬が貰える(褒め言葉・自己同一性の確立も報酬の一種)から次も頑張れる、その気持ちはもちろん悪いことじゃない。


少し話題を逸らして。

自己同一性と言えば、サイコパス2を思い出した。

※これからpp1と2のネタバレがあるので注意※世界観や用語などはウィキペディアかアニメを見たことがあった方が理解できると思う。

先に言っておくが、2期は最悪と思っている。1期と比べたら、ではなく、独立したアニメの一作を見た感想。

もちろん、1期の白くんと黒ちゃんの出番がなくって残念と思いましたが、元々1期の最後は白くんが死んで、黒ちゃんは脱走したし、2期があっても現れないと思うからそういう期待は最初からしていなかった。

最悪と思わせたキャラは黒幕のトイレを探しがちの色ちゃん、と母がシビュラシステム一員の七百ちゃん。

この2人はなんか最初から最後まで「お母さま、僕を見て~じゃないといたずらしじゃうよ」って感じ半端ねぇ…

なんて1期は社会の話で2期急に甘えん坊のになったのか…がっかりさせたのはこのふざけっているシナリオせいだよ!

それにほぼ全員が足手まといで、勝負の判定は誰かが一枚上手ではなく、誰かがそこまで足を引っ張らなかったとは…

あと1期から嫌いキャラランキングNo.1の赤ちゃん。

赤ちゃんが嫌いのはともかくにして、黒ちゃんが死んで、赤ちゃん背後霊みたいな演出やめてくれない?

1期で人気があったからって無理やり2期に登場させるな!本当にそうしたいたとしても、もっといい方法があるだろう!


なんか文句ばっかりになったので、モットーに戻っとく。

批判と誹謗の判別は難しいが、悪口は簡単にわかる。

それて、自分の作品にある悪口に対する処置と言えば、他の人を不快にさせないように先に削除するが、自分はいつも逆手に取る。

悪口って証拠もロジックもなくって、見ればわかる程度のものなんだし、残したまま見物にしてのも悪くない(笑)。

でも悪循環というのもあるし、場所により削除した方がいいときもある。


批判だろうと、悪口だろうと、賛美だろうと、作者に影響を与えるものだ。

悪口だからって悪影響にとは限らない。

感情のコントロールを上達するか、作品が完成したら公開するか、そんな作品こそ作者が表現したいものと一番近いものになるのでしょう。

自分は何のために創作をしたのか、それは作者にとって一番重要な問題と思う、その答えがなければ、これからの道では迷いながら歩いているだろう。

人生は短い間ですが、迷う時間も立ち止まる時間もまた悪くない。


批判でも、追従でも、また自分が決めることだ。

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